大阪高等裁判所 昭和60年(う)12号 判決 1985年3月19日
主文
本件控訴を棄却する。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人赤木淳作成の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する(ただし、控訴趣意第一点及び第三点は、もつぱら事実誤認を主張する趣旨であり、同第二点は、原判決が証拠能力のない王美珠・呂敏華・林恵鴻の各検察官に対する供述調書五通を証拠として事実認定に供したことについての訴訟手続の法令違反をいうのであつて、その理由は、国家機関が自ら右三名を本国に強制送還して被告人の反対尋問の機会を奪つたのであるから、これらの者の検察官に対する供述調書を刑事訴訟法三二一条一項二号前段該当書面として採用することは、憲法三七条二項の審問権の保障に反し許されないというにある旨、弁護人において釈明した。)。
一控訴趣意第二点について
論旨は、前記釈明のとおりである。
そこで検討するのに、記録によると、王美珠・呂敏華・林恵鴻は、いずれも昭和五九年七月九日と同月一二日の各二回にわたり検察官の取調べに対し、被告人との間で原判示第一記載の売春をすることを内容とする契約をした事実を認める供述をし、その旨の供述調書が作成されたこと、王美珠・林恵鴻は、同月一七日、呂敏華は同月一八日に、それぞれ台北に向け、出入国管理当局により強制送還されたこと、原審において、検察官が右三名の検察官に対する供述調書各二通合計六通を、右三名の司法警察員に対する供述調書各二通合計六通とともに取調請求したのに対し、弁護人は、これらの各調書を証拠とすることに同意しなかつたが、原裁判所は、右各調書のうち、検察官に対する供述調書六通を刑事訴訟法三二一条一項二号前段該当書面として採用して取り調べ(なお、弁護人は、右検察官調書六通を右条項により取り調べることについて、やむをえない旨意見を述べた。)、司法警察員に対する供述調書六通の取調請求を却下したこと、原判決は、右検察官に対する供述調書六通のうち王美珠の同月一二日付のものを除く所論指摘の五通を原判示第一の事実の証拠として挙示していることが認められる。
思うに同法三二一条一項二号前段が憲法三七条二項前段による被告人の証人審問権の保障の例外を規定したものであることにかんがみると、その規定する供述不能の要件の存否の判断が慎重になされなければならないのはいうまでもなく、国外滞在についても、供述者が「国外にいるため公判準備若しくは公判期日において供述することができない」場合であれば、その「国外にいる」に至つた事由の如何を一切問うことなく、すべて供述不能の要件をみたすものと解することはできないと考えられる。しかしながら、出入国管理及び難民認定法による本邦からの退去強制は、本邦に入国し、又は本邦から出国するすべての人の出入国の公正な管理を図ることを目的として、出入国管理当局が、独自の権限に基づき同法の要件に従つてこれを行うものであるから、出入国管理当局により供述者が法定の手続に従つて退去強制され「国外にいる」に至つた場合であつて、とり得る手段を尽くしても公判準備ないし公判期日にこれを出頭させることができない以上、原則として刑事訴訟法三二一条一項二号前段所定の供述不能の要件にあたるものと解される。もつとも、捜査官が、被告人の証人審問権を妨害する目的で、出入国管理当局に意見を申し入れ、あるいは供述者に不服申立権の不行使を働きかけるなどして、故意に供述者の退去強制の時期を早めさせた場合、あるいは事件の重大性、供述者の証拠方法としての重要性その他当該事件の証拠関係等に照らし、被告人の証人審問権保障のため公判準備ないし公判期日における出頭確保がとくに必要である供述者であつて、出入国管理当局の裁量権の範囲内において容易に相当期間本邦内に滞留させうる者について、捜査官がその職責上要請される連絡や意見の申入れを出入国管理当局に対して行うことを怠つた結果、退去強制によりその供述者を公判準備ないし公判期日に出頭させる機会を失わさせた場合など、特別の事情の認められる場合には、同号前段所定の供述不能の要件をみたすものとは解しがたいけれども、本件について、王美珠・林恵鴻には在留資格外活動、呂敏華には在留期間経過の事実のあることが明白であること、検察官が、王美珠・呂敏華・林恵鴻の取調べをした段階において、被告人は、すでに原判示各事実を自白しており、その自白を補強するに足る伊藤弘・藤田則一・井川宏次らの司法警察員に対する各供述調書も作成されていたことを踏まえ、記録を精査すると、右のような特別の事情のないことは明らかであつて、右王美珠ら三名の検察官に対する所論指摘の供述調書五通を同法三二一条一項二号前段該当書面としてその証拠能力を認め、これを罪証に供した原判決の措置は正当であると解され、所論の訴訟手続の法令違反は認められない。論旨は理由がない。
二控訴趣意第一点及び第三点について
論旨は、要するに、被告人は他人に売春させる契約をした事実も、売春の周旋をした事実もないのに、被告人が王美珠ほか二名との間で同女らをして売春させることを内容とする契約をし(原判示第一の事実)、同女ほか一名に売春の相手方を紹介して売春の周旋をした(原判示第二の事実)旨認定判示した原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認があるというのである。
しかしながら、原判決挙示の関係各証拠によると、原判示各事実は、優にこれを肯認することができる。
すなわち、右証拠によれば、被告人の経営する原判示クラブ「夜来香」は、もつぱら台湾出身のホステスを雇い入れ遊客を相手として売春させることを主たる目的とするいわゆる売春クラブである事実、原判示第一の各契約の相手方とされている王美珠・呂敏華・林恵鴻の台湾出身のホステス三名は、それぞれ原判決別紙記載の日、同店において、被告人から、午後七時から午前一時までの勤務時間中、売春客がつくまで同店内に待機して無断外出をしないこと、売春の相手の特定は、客の指名又は被告人の紹介によつてこれを行い、ホステスにおいて客を選択することは許されないこと、売春料はショート三万円、泊り五万円であることなど必要事項の告知を受けたうえ、同店を訪れる遊客を相手に売春をし売春料を稼ぐために雇われた事実、したがつて原判示第一のとおり売春をさせることを内容とする各契約の成立した事実は明らかであり、また王美珠・林恵鴻の両名について同判示第二の各周旋の行われた事実にも疑問の余地は全くない。被告人は、原審及び当審公判廷において、「夜来香」が飲み屋にすぎない旨荒唐無稽に類する弁解をするが、その信用しがたいことはいうまでもなく、その他所論にかんがみ、原審において取り調べたその余の証拠を併せ検討しても原判決に所論のような事実誤認は存しない。論旨は、理由がない。
三控訴趣意第四点について
所論にかんがみ、記録を精査しかつ当審における被告人質問の結果をも参酌して検討するのに、被告人は日本人遊客に外国人女性との性交渉を望む者が少なくないことや、台湾女性を雇い入れて売春させる方が日本女性より安価に済むことに着目し、数回にわたつて台北に渡航して売春する女性を雇い入れる手筈をととのえるなどの準備をしてクラブ「夜来香」を開店し、本件犯行に及んだものであり、被告人に売春防止法違反の罪により罰金に処せられた前科のあることをもあわせて考えると、被告人の犯情は決して軽いものではない。してみると、被告人がクラブ「夜来香」開店後数月にして本件犯行が発覚していること、王美珠ら前記三名の売春婦は、いずれも自らすすんで同店を訪れ、原判示第一の契約をするに至つたものであることのほか記録上認められる被告人に有利な諸事情を十分斟酌しても、被告人に対し懲役一年六月及び罰金四〇万円(懲役刑については三年間刑の執行猶予)の刑を科した原判決の量刑はやむを得ないものというべく、重きに過ぎるとは考えられない。論旨は理由がない。
よつて、刑事訴訟法三九六条により、本件控訴を棄却し、主文のとおり判決する。
(石松竹雄 鈴木清子 田中明生)